CORE MESSAGE

人事ほど「巧遅拙速」が当てはまる部署はない。
机上の100点より、運用しながらの80点が結果的に精度を超える。
60-70点で走り始め、改善サイクルで磨く——これがひとり人事の実践解である。

本稿は、ひとり人事が成果を出すために必要なのは、より精緻な設計ではなく、60-70点で走り始める覚悟と技術である——という主張と、その実践法を解説するものだ。

なお、業務整理の具体論はひとり人事の業務優先順位と最初に捨てるべき7業務、思考の軸となるPL思考はひとり人事が陥るBS思考の罠|経営者の右腕としてPL思考で動く方法で詳述している。

01人事担当者ほど100点思考に陥りやすい

1-1. なぜ人事は完璧を目指しがちなのか

人事の仕事は「人」に直接関わるため、担当者は無意識のうちに完璧を目指す。評価制度を作るなら全社員が納得する制度を、採用基準を定めるなら絶対にミスマッチが起きない基準を——。

この姿勢は責任感の表れだ。しかし、完璧を目指す心理の裏には、「不完全な制度を出すと批判される」という恐れが潜んでいる。人事領域は誰もが口を出せる構造を持っているため、制度への批判が飛んできやすい。批判を避けるために完璧を目指す——この力学が、100点思考を強化している。この構造的背景はひとり人事が陥るBS思考の罠で詳述している。

1-2. 100点思考の弊害

ひとり人事が100点を狙うと、何ひとつ完成しないまま時間だけが過ぎていく。評価制度の設計に半年かけ、それでも「まだ不完全だから」と運用開始を先延ばしにする——こうしたケースを現場で何度も見てきた。

結果として生じる弊害は3つある。

02人事ほど「巧遅拙速」が当てはまる部署はない

ビジネスには「巧遅より拙速」という原則があるが、人事ほどこの言葉が当てはまる領域はない。理由は3つだ。

2-1. 理由1:運用しながらでないと精度が上がらない

机上の100点 < 運用しながらの80点——これが人事施策の本質である。

評価制度を机上でどれほど精緻に設計しても、実際に運用してみないと見えない論点が山ほど出てくる。評価者のレベル感のばらつき、評価面談での対話の質、被評価者の納得度の差——これらは運用データがなければ改善しようがない。60点の制度を走らせて半年後に80点に修正する方が、100点を目指して1年かけて作るより結果的に精度が高くなる。

2-2. 理由2:待っている間に組織は悪化する

評価制度の運用開始を遅らせている間、組織は停止しているわけではない。社員は「自分がどう評価されているのか分からない」という不満を抱え続け、マネージャーは評価会話の軸を持てないまま現場を回し続ける。完璧な制度を待つコストは、不完全な制度で運用するリスクよりはるかに大きい

2-3. 理由3:経営層の信頼を失う

半年かけても何も動かない人事は、経営層から「結果を出さない部門」と見なされる。経営層が人事に期待しているのは完璧な制度ではなく、組織を前に進める推進力だ。60点でも動かし、改善を重ねる姿勢こそが、信頼を獲得する。

03業務別の目標点数の目安

すべての業務を60点で走らせるわけではない。「どこで100点を狙い、どこで60点で止めるか」の意識的な使い分けが、プロの人事の条件である。

業務目標点数理由
給与計算・社会保険手続き100点必須ミスが即信頼失墜。だからこそ外部委託推奨
労務トラブル対応90-100点法的リスクがあるため手を抜けない
評価制度の設計60-70点で開始運用しながら修正する前提
採用基準の策定60-70点で開始採用を続けながら基準を磨く
組織サーベイ70点で実行完璧な設計より、データを取り始めることが重要
社内研修60点で開始受講者のフィードバックで改善する前提
月次報告資料60点固定テンプレ化し、これ以上の精度は不要

給与計算や労務トラブル対応のように、ミスが即法的・金銭的リスクに直結する業務は100点が必須だ。一方、評価制度・採用基準・研修のように、運用しながら磨いていく性質の業務は60-70点で開始すべきである。この使い分けができないと、どこにも100点が出せず、どこにも60点が許されない状態に陥る。

0460点進行のための3つのコツ

「60点で走り出せ」と言われても、心理的ハードルは高い。以下の3つのコツで、このハードルを下げる。

4-1. コツ1:「ベータ版」として出す

「正式版」ではなく「ベータ版」「試行版」「暫定版」と明示して出すことで、心理的ハードルが下がる。受ける側も「改善前提の運用だ」と認識するため、多少の不備は許容される。名前の付け方を変えるだけで、許容される完成度が変わる——これは実務上きわめて有効だ。

4-2. コツ2:期限を先に決める

「完成したら運用開始」ではなく「◯月◯日から運用開始、それまでに作れる範囲で作る」と期限を固定する。期限を動かさないことで、自動的に60-70点の完成度に収束する。期限と完成度はトレードオフの関係にあり、どちらを固定するかで制度の性質が変わる。ひとり人事は期限を固定すべきだ。

4-3. コツ3:改善サイクルを最初から組み込む

「3ヶ月運用したら見直す」とあらかじめ宣言しておくと、初期版の不完全さが許容される。見直しサイクルを制度の一部として組み込むことで、初期設計の完璧さへのプレッシャーが下がる

05実践手順:評価制度を60点で走らせる4ステップ

ここまでの原則を、もっとも相談の多い「評価制度」に適用した実践手順を示す。完璧な評価制度を1年かけて作るのではなく、60点で半期内に運用開始するための具体的な段取りだ。

5-1. ステップ1:評価項目は最小限の5項目で始める

最初から細かく分岐した評価項目を作ると、運用側(評価者も被評価者も)の認知負荷が高くなり、形骸化する。最初は5項目に絞るのが実践的だ。

注意点

部署ごとに項目を変えたくなっても、最初は全社共通にする。部署別カスタマイズは半年運用後の見直しフェーズで入れる。

5-2. ステップ2:評価者は管理職のみ、目線合わせは後回し

多段階評価(一次評価者・二次評価者・調整会議)を最初から入れると、運用が重くなり立ち上がらない。最初は直属の管理職1人が評価する形式から始める。

注意点

「評価者によって基準がバラつく」という懸念は正論だが、机上で目線合わせを完璧にすることは不可能だ。初回の評価結果を持ち寄って初めて、リアルな差異が見える。

5-3. ステップ3:半期運用後にフィードバック収集

運用開始から半期(または3ヶ月)経過した時点で、評価者と被評価者の双方からフィードバックを収集する。

注意点

フィードバック収集は「改善前提」であることを事前に宣言する。「ベータ版だから率直に答えてほしい」と伝えることで、本音が出やすくなる。

5-4. ステップ4:3ヶ月ごとに項目をアップデート

フィードバックをもとに、3ヶ月ごとの小刻みな改善サイクルで制度を磨く。

注意点

一度に大きな変更をすると運用側が混乱する。1サイクルあたりの変更は2〜3箇所に絞るのが鉄則だ。3サイクル回せば、初期の60点は80〜85点の水準に到達する。

06100点を捨てる決断は、プロ意識の放棄ではない

6-1. 「どこで100点を狙うか」を判断できることこそプロ

「60-70点で出すのは責任放棄では」と感じるかもしれない。しかし、これは真逆である。すべてに100点を狙うのは、優先順位を付けられないことと同義だ。給与計算には100点を、評価制度の初版には60点を——この意識的な使い分けを判断できることこそ、プロの人事の条件である。

6-2. ひとり人事で成果を出している人の共通点

20社の支援を通じて見えてきたのは、ひとり人事で経営層から評価されている人ほど、60-70点で走り出し、走りながら磨いているという事実だ。精緻な制度を1年かけて作る人より、60点の制度を3ヶ月で運用開始し、半年で80点に磨いた人の方が、成果が出ている。

この姿勢は、ひとり人事が陥るBS思考の罠|経営者の右腕としてPL思考で動く方法で述べた「社員より先に会社を見る」という原則とも一致する。会社を勝たせるには、完璧な制度より動き続ける推進力が必要なのだ。

07まとめ|人事は「走りながら磨く」が原則

SUMMARY

人事は100点を狙うと永遠に完成しない。
60点で走り出し、改善サイクルで磨き上げる——
走りながら磨く姿勢こそが、ひとり人事の実践解
である。

業務整理の具体的な手順はひとり人事の業務優先順位と最初に捨てるべき7業務、PL思考の深掘りはひとり人事が陥るBS思考の罠|経営者の右腕としてPL思考で動く方法で解説している。

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坂田 亮

ABOUT THE AUTHOR

坂田 亮

株式会社Workspace 代表取締役

メーカー、広告代理店、IT企業(メガベンチャー・スタートアップ)の事業会社人事を経て、人事コンサルティング企業を設立。15年以上の人事実務経験を持ち、人事制度設計・採用戦略・労務対応・人材開発を幅広く支援。事業会社人事として多数のコンサルティングを受ける側の体験を持ち、「現場で機能する制度」の設計にこだわる。